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新潟地方裁判所長岡支部 昭和41年(ワ)204号 判決 1968年11月18日

原告

木山敬次

被告

佐藤貞次郎

主文

一、被告は原告に対し金二、〇三八、八一二円およびこれに対する昭和四二年一二月二二日から完済に至るまで年五分の割合の金銭を支払え。

二、原告のその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用の三分の一は原告の負担とし、その余は被告の負担とする。

四、この判決の第一項は仮りに執行することができる。

事実

請求の趣旨

被告は原告に対し金二、八五九、七三七円およびこれに対する昭和四二年一二月二二日から完済に至るまで年五分の割合の金銭を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

仮執行宣言の申立

請求の趣旨に対する答弁

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

請求の原因

一、事故の発生

原告は、昭和四〇年七月一一日午後九時五分頃、長岡市上中島町三丁目二〇番地先道路上で、被告が運転する普通乗用自動車に衝突されて負傷した。

二、責任原因

被告は、右自動車を自己のため運行の用に供していたものである。

三、損害

(一)  治療費等

(1)  原告は本件事故により右鎖骨々折、第二頸椎骨折、頭部挫傷、大腿部打撲兼左側腰部打撲、頸椎々間板ヘルニアの傷害を受け、直ちに長岡市日赤病院に入院して手術を受け、同年八月一一日退院し、同年八月二六日頃より長岡市の中央綜合病院に通院し、同病院に同年一〇月一三日入院して右肩鎖骨々折の手術を受け、同月二七日退院しその後同院に通院加療を続けている。その間昭和四一年三月六日には東大病院で診察を受けた。しかし現在も頸椎々間板ヘルニアのため手がしびれ、握力が乏しく、左足も常にしびれており、坐ることもできず、歩行も自由でない。

(2)  原告は、その間、次の治療および治療に伴う費用を支払つた。

(イ) 中央綜合病院医療費 金六六、八五二円

但し昭和四一年一月より昭和四二年九月二七日までの医療費

(ロ) 東大病院診療費、交通費等 金一一、四〇〇円

(ハ) 丸山治療所こと訴外丸山繁男によるマツサージ治療費 金八、六四〇円

(ニ) 稲田整骨院こと訴外稲田留五郎によるマツサージ治療費 金二、八四五円

(二)  稼働不能のため喪失した利益 金三五〇、〇〇〇円

原告は菓子製造卸業者であるが、個人営業のため、原告が営業の中心であり殆んど原告の働きにより営業を営んできたところ、本件事故により営業に重大な支障を来し、昭和四一年二月末までの間は全く働くことができず、一ケ月当り金一〇〇、〇〇〇円、合計金七〇〇、〇〇〇円の損害を受けた。本訴ではその半額の金三五〇、〇〇〇円を請求する。

(三)  昭和四一年三月以降喪失する利益 金一、一二〇、〇〇〇円

原告は昭和四一年三月以降はやや働けるようになつたが、菓子の製造販売等の激務は全くすることができず、今後も前記傷害により労働能力に影響を受けることが明らかである。原告は後遺症の頸椎々間板ヘルニヤにより手がしびれ握力がなく箸も握れず坐ることもできない状態であるから、労働基準法施行規則所定の身体障害等級表第一二級の「局部に頑固な神経症状を残す」ものに該当し、労働能力喪失率表によれば労働能力喪失率は一〇〇分の一四である。

原告の昭和三九年度の所得は金一、二三〇、〇四七円で、昭和四〇年度は本件事故のため七月以降収入がなかつたため、金九四二、九〇〇円であつたが一ケ月の所得は金一〇〇、〇〇〇円を下らぬものである。原告は本件事故当時、満六〇歳の男子であつたから、第一〇回生命表によればその平均余命は一四・九七年であり、原告は事故前は病気をしたことのない健康体であつたので、少くとも昭和四一年三月以降一〇年間は稼働できた筈である。そこで右期間中喪失する利益をホフマン式計算方法によつて中間利息を控除して計算すると金一、一二〇、〇〇〇円となる

計算方法 <省略>

(四)  慰藉料 金一、二〇〇、〇〇〇円

原告は本件事故により前記のような重傷を負い、甚しい肉体的苦痛を蒙つた外、未だに頸椎々間板ヘルニアの後遺症のため肉体的苦痛があり、日常生活上も大きな支障をきたすのみならず、営業にも大きな支障となり今後長期間多大の不利益を受けることを余儀なくされた。そしてマツサージと整骨医の治療を生涯続ける必要があり、その治療費として一ケ月金四、五〇〇円を必要とするので、一〇年間には五四〇、〇〇〇円の治療費が予想される。そして原告が長岡市内の著名な菓子製造卸業者であること、前記のとおり今後多額の治療費の支払を余儀なくされること、その他諸般の事情を考慮すれば、その精神上の損害に対する慰藉料として金一、五〇〇、〇〇〇円が相当であり、本訴では金一、二〇〇、〇〇〇円を請求する。

(五)  弁護士費用 金一〇〇、〇〇〇円

原告は本訴を弁護士荒井尚男に委任し、手数料として金一〇〇、〇〇〇円を支払つた。本訴は素人には困難な訴訟であり専門家たる弁護士を依頼することはやむを得ざるところであり、従つて右手数料は被告の本件事故と相当因果関係があり通常生ずべき損害である。

四、よつて原告は被告に対し、前記損害額の合計金二、八五九、七三七円およびこれに対する支払期後の昭和四二年一二月二二日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

請求の原因に対する答弁

一、請求原因一、二項は認め、同三各項のうち、原告が本件事故により右鎖骨々折、第二頸椎骨折の傷害を受けたことは認め、その他は全部争う。

二、仮定的抗弁

(一)  仮りに、原告主張の損害があるとしても、原、被告間に、昭和四〇年一二月九日、被告が原告に支払うべき損害賠償額を金三〇〇、〇〇〇円とし、もし治療費が金三〇〇、〇〇〇円を超過したときはその超過額も被告が支払う旨の契約が成立した。そして、更に、昭和四一年六月二四日、原告と被告の代理人の訴外佐藤忠士、同永井正吉との間で、既に原告は自動車損害賠償責任保険の保険金一〇〇、〇〇〇円を受取つていたので、被告が原告に更に支払うべき全損害賠償額を金二〇〇、〇〇〇円とする旨の契約が成立し、翌二五日、被告は原告に金二〇〇、〇〇〇円を支払つた。

(二)  仮りに右主張が認められないとしても、原告は歩車道の区別のある道路の車道の右側を傘をさしながら歩いたため被告の運転する自動車が前方から進行して来るのに気付かなかつたのであるから、本件事故の発生について原告にも過失があり、損害額の算定においてこの過失を斟酌するべきである。

(三)  被告は原告に対して金五八八、四七〇円を支払つたので、原告の損害は消滅している。

仮定的抗弁に対する答弁

一、仮定的抗弁(一)のうち金銭受領の点のみ認めその他は争い、同(二)は争い、同(三)のうち金銭受領の点のみ認め、その他は争う。

二、仮定的再抗弁

仮りに被告主張の契約が成立したとしても、その当時原告の傷害が全治することが予想されそれを前提としていたものであるところ、原告の傷害は前記の如くであるから、要素に錯誤があり無効である。

仮定的再抗弁に対する答弁

争う。

証拠 〔略〕

理由

一、請求原因一、二項の事実は当事者間に争いがない。

二、そこで損害の額について検討する。

(一)  請求原因三項(一)(1)の事実のうち、原告が本件事故により右鎖骨々折、第二頸椎骨折の傷害を受けたことは当事者間に争いがなく、その他の事実は、〔証拠略〕により認めることができる。

(頸椎々間板ヘルニアと本件事故との因果関係について、成立に争いのない乙第八号証も証人倉田和夫の証言と対比すると以上の認定を動かすには足りない。)

(二)  そして、原告が本件事故により受けた傷害の治療および治療に伴う費用として次の額の金銭を支払つたことが、〔証拠略〕によつて認められる。

(1)  中央綜合病院医療費 金六六、八五二円

但し、昭和四一年一月より昭和四二年九月二七日までの医療費

(2)  東大病院診療費等 金一〇、七〇〇円

内訳 同病院診察費金一、七六〇円、長岡、東京間の旅費金五、四四〇円、東京都内の旅費金一、五〇〇円、宿泊費金二、〇〇〇円。なお、原告本人尋問の結果中には、以上の他通信費金七〇〇円を支出したとの部分があるが、その内容が不明であり、本件事故による損害と認めることができない。

(3)  丸山治療所こと訴外丸山繁雄によるマツサージ治療費 金八、六四〇円

但し、昭和四〇年一一月二六日から昭和四一年五月までの治療費。なお、甲第二五号証に記載された治療期間は甲第二〇号証に記載された期間と終期が異るが、甲第二〇号証の記載の方が信用できる。

(4)  稲田整骨院こと訴外稲田留五郎によるマツサージ治療費 金二、八四五円

但し、昭和四一年七月四日より同月二七日までおよび同年七月三〇日より同年八月二九日までの治療費。

(三)  稼働不能のため喪失した利益

原告が本件事故当時個人で従業員約二七人を使用して菓子製造卸業を営んでおり、主として銀行関係や仕入れ関係の仕事を担当してその営業活動の中心的存在であつたことおよびその営業が現在も継続していることは、〔証拠略〕により認めることができる。そして、本件事故が発生した昭和四〇年七月一一日から昭和四一年二月末まで本件事故による傷害のため全く稼働できなかつたことは、前記の傷害の程度、治療の経過および証人木山敬一の証言、原告本人尋問の結果から認めることができる。

〔証拠略〕によれば、原告の昭和四〇年中の所得は昭和三九年中の所得より金二八七、一四七円減少していることが認められ、これは本件事故により原告が稼働できなかつたため生じたものと推認できる。また、原告が昭和四〇年中に稼働できなかつた期間は約五・五カ月であるから、一カ月当りの収入減少額は金五二、二〇八円(円未満切捨)となり、昭和四一年一、二月も同じ割合で収入が減少したと認めるのが相当であるから、その間の収入の減少は金一〇四、四一六円となる。

従つて、原告が昭和四〇年七月一一日から昭和四一年二月末日までの間に稼働できなかつたことにより喪失した利益は前記金二八七、一四七円と金一〇四、四一六円の合計額金三九一、五六三円と認めるべきである。

(四)  昭和四一年三月以降喪失する利益

(一)で認定した如く、原告は本件事故により頸椎々間板ヘルニアを起こしたが、その完治の見込みはなくいわゆる後遺症となり、手のしびれや脱力感、首の激痛等の症状が現在まで残り、将来も続くであろうことが、〔証拠略〕により認めることができ、この後遺症が原告の労働能力を将来にわたり減少させることは容易に推認できる。そして、これは労働基準法施行規則別表第二身体障害等級表第一二級の「局部に頑固な神経症状を残すもの」に該当し、労働能力喪失率表によればその労働能力喪失率は一〇〇分の一四である。

原告の労働能力減少による損害を算定する基礎となる収入については、前記の如く、原告は従業員約二七名を使用して個人営業を行つているから、その収入全額のうち、原告自身の労働による収入の部分を使用するべきであり、その額としては前項に認定したところから、一カ月金五二、二〇八円が相当である。〔証拠略〕も右認定を妨げるものではない。

原告が明治三七年五月一日生れの男性であることは当裁判所に顕著であるから、昭和四一年三月当時原告は六一歳であり、その平均余命は第一一回生命表によれば一四・一七年である。そして、原告の前記職種を考慮すると、原告の稼働可能年数は、本件事故当時より七年間と認めるのが相当である。

そうすると、原告は昭和四一年三月以降七年間に一年金八七、七〇九円(円未満切捨、計算方法52,208円×12×14/100≒87,709円)の割合の利益を失うことになる。

従つて、原告が昭和四一年三月より本件口頭弁論終結時まで二年間に喪失した利益は金一七五、四一八円となる。(計算方法87,709円×2=175,418円)

そして、その後の五年間における喪失利益総額から民法所定の年五分の割合でホフマン式計算方法により中間利息を差引くとその現価は金三八二、七九四円となる。(円未満切捨、計算方法87,709円×4,36437041≒382,794円)

以上を合計すると、原告が昭和四一年三月以降喪失する利益は金五五八、二一二円となる。

(五) 慰藉料

(三)項(二)で後述する如く、本件事故は被告の重大な過失により生じたものであり、原告の過失もあるがその程度は軽い。そして、既に認定した原告の受けた傷害、後遺症の程度、それらの原告の生活に及ぼす影響等を考慮すると、慰藉料として金一、〇〇〇、〇〇〇円が相当である。

(六)  弁護士費用

原告が本訴の提起を弁護士に委任したため必要としたいわゆる弁護士費用は、被告が原告の正当な損害賠償の請求に対して不当に抗争したゝめ原告が訴訟の提起を余儀なくされた場合、被告の不当抗争によつて拡大された損害として、本件事故と相当因果関係にある損害と評価することができる。被告の不当抗争がないのに当然に弁護士費用を本件事故に基く損害に含めることは、被告の裁判を受ける権利の正当な行使を実質的に妨げるものであり、弁護士費用が訴訟費用化されていない法制の下ではこれを正当化することはできない。

本件において、被告は昭和四一年六月二五日に原告に金二〇〇、〇〇〇円を支払つたのを最後に原告の請求に応じていないが、これは被告が仮定的抗弁(一)で昭和四一年六月二四日に成立したと主張する内容の契約が成立した旨被告の代理人として原告と交渉した訴外佐藤忠士、同永井正吉から聞かされてそれを信じたことおよび原告の請求する損害賠償の中に本件事故に基因しない損害が含まれているとの疑念をもつたゝめであることが、〔証拠略〕により認めることができる。そして、被告はこれらの点につき裁判を受ける正当な利益があるから、被告が原告の請求に応じないことを不当抗争と認めることはできない。従つて、本件において、弁護士費用を本件事故に基く損害と認めることはできない。

(七)  以上(一)ないし(五)に認定した額を合計すると金二、〇三八、八一二円となる。

三、仮定的抗弁について

(一)  〔証拠略〕によれば、昭和四〇年一二月九日に原、被告が記名押印した示談書と題する書面に、被告が仮定的抗弁(一)で同日成立したと主張する契約の内容と同趣旨とも解釈できる事項が記載されていることが認められる。しかし、〔証拠略〕を綜合すると、右示談書に記載された事項を被告主張の趣旨に解釈することはできない。〔証拠略〕と対照すると、右認定を妨げるものではない。

次に、被告が昭和四一年六月二四日に成立したと主張する契約については、〔証拠略〕によれば、同日頃被告代理人の訴外佐藤忠士、同永井正吉から原告に対し右契約締結の申込みがなされ、かつ原告との間に交渉が行われたことを認めることができるが、原告がこの申込みを承諾したことを認めるに足りる証拠がない。〔証拠略〕と対照するとこの点を認定するには足りない。

結局被告が仮定的抗弁(一)で主張する二つの契約はいずれもその成立を認定することができないので、被告の右抗弁は採用できない。

(二)  原告は被告の運転する普通乗用自動車に衝突されたとき歩車道の区別のある道路の車道の右側を歩いていたことが〔証拠略〕から明らかであり、この点において原告の過失を認めることができる。しかし、〔証拠略〕によれば、被告は夜間降雨中であるのに飲酒して普通乗用自動車を運転し、しかも車道の幅員が九メートルあり車道にいた原告を充分避け得る状況の下で原告に衝突したことを認めることができ、被告の過失の程度は原告の前記過失の程度に比し非常に重い。そして、自動車損害賠償保障法により被告の責任が無過失責任に近いことを考慮すると、原告の過失を本件における損害賠償の額を定めるにつき斟酌するべきではない。従つて被告の過失相殺の抗弁も採用できない。

(三)  原告が被告から金五八八、四七〇円を受領したことは当事者間に争いがないが、原告が本訴で履行を請求している損害部分の賠償債務の弁済として支払われたことを認めるに足りる証拠はないから、被告の仮定的抗弁(三)も採用できない。

四、結論

従つて、被告は原告に対し損害賠償として金二、〇三八、八一二円およびこれに対するその履行期の後であることが明らかな昭和四二年一二月二二日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合の遅延損害金を支払う義務がある。

よつて、原告の本訴請求を右の限度で認容し、その他を棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 管野孝久)

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